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東京高等裁判所 昭和41年(う)2083号 判決

本籍

新潟県北魚沼郡湯之谷村大字宇津野六六八番地

住居

右に同じ

会社役員

上重快舟

大正八年一〇月二五日生

本店

新潟県北魚沼郡湯之谷村大字井口新田五三七番地一一

銀山開発株式会社

右代表取締役

上重快舟

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四一年六月二七日新潟地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事塚谷悟出席のうえ審理をし、次のように判決をする。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人らの弁護人涌井鶴太郎が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

所論は帰するところ、被告人上重快舟(以下、被告人と略称する)が、被告人銀山開発株式会社(以下、被告会社と略称する)の代表取締役として、被告会社の業務に関して昭和三七年五月三一日所轄小千谷税務署長に対し昭和三六年四月一日から昭和三七年三月三一日までの事業年度における法人税確定申告書を提出した際、過年度支出金及び旅費交際費の勘定として損金科目で処理した部分に計算上、金額の過誤があつたのを目して、原審が法人税法四八条一項にいう「詐欺その他不正の行為により……申告をなすべき法人税を免れた」ものと解したのは事実の認定を誤り、かつ法令の適用を誤つたと主張するものであるが、原判決の挙示する証拠及び当審における事実取調の結果によれば、次の事実を認めることができる。

一、電源開発株式会社は昭和二八年新潟県北魚沼郡湯之谷村に「奥只見ダム」を建設することとなつたが、被告人は同年六月右ダム工事に附帯する土木工事、資材の調達、輸送などを請負うことを目的として資本金五〇〇万円の被告会社を設立し、出資金を一人で負担して代表取締役に就任した。

被告人はその後、昭和三三年六月湯之谷村助役になつて被告会社を一時、退任したが、昭和三五年五月再び、代表取締役に復帰し、会社業務の一切を統轄したが、当時、ダム建設のため林道銀山平線が水没することになり、被告人の奔走によつて湯之谷村部落民は電源開発株式会社から三億九、七五〇万円の補償をうけるに至り、また被告会社は湯之谷村との随意契約によつて林道付替工事を二億八、二八〇万円で請負つた。

そして被告会社は右工事により多額の利益をあげ、昭和三六年四月一日から昭和三七年三月三一日までの事業年度における所得が三、八五三万五、三一六円であつたのにもかかわらず、被告人は今後このような工事による利益が望めない状況であつたので将来のことを考えて事業の継続を図るため利益の大半を秘匿し、昭和三七年五月三一日所轄小千谷税務署長に対し同事業年度の所得金額が六九八万〇、五七〇円、その法人税額が二五五万二、五九〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よつて同事業年度の法人税一、一九九万〇、八二〇円を免れたのである。

三、右利益の秘匿方法としては、被告人は被告会社から社長に対する仮払金として現金を持ちだし、これによつて(イ)無記名、被告人名義、また他人名義をもつて新潟相互銀行小出支店などに簿外預金(昭和三五年三月末現在では五万六、六八〇円、三六年三月末現在では二、二三八万〇、三九四円、三七年三月末現在では一、二二〇万一、一一三円、三七年一一月五日現在では八八九万五、一〇九円)をもち(ロ)簿外有価証券として日本鉱業五万株、東京放送七、〇〇〇株(取得価格合計一、〇二八万四、一〇〇円、時価合計八九三万二、〇〇〇円)をもち(ハ)簿外で一七名に対し金員の貸付をしてその債権をもち(昭和三五年三月末現在では一四四万五、〇〇〇円、三六年三月末現在では一四二万七、〇〇〇円、三七年三月末現在では八五〇万三、四〇〇円)(ニ)簿外の土地七町六反一畝八歩(取得価格合計七九九万二、四一九円)をもつたうえ、右仮払金を過年度支出金一、四七六万三、五八七円、旅費交際費二、五二一万七、一八七円などの損金科目に振替えるなどの不正手段を使つた。

そして過年度支出として計上された一、四七六万三、五八七円のうち正当として認容すべきものは九一万〇、一二〇円のみ、また旅費交際費として計上された二、五二一万七、一八七円のうち同様に認容すべきものは六三六万一、八三一円にすぎないのである。

以上の事実に徴すれば、被告人は被告会社の業務に関して昭和三六年四月一日から昭和三七年三月三一日までの事業年度における工事収入金の相当部分を社長に対する仮払金として右会社から持ち出し、これによつて前記の簿外資産を取得したうえ、他方右仮払金を、不当に水増した過年度支出金、旅費交際費などの損金科目に振替えて収益の相当部分を秘匿し、虚偽の貸借対照表、損益計算書などを作成し、これに符合する虚偽過少の所得金額を確定申告書に記載して所轄税務署長に提出したことが明かであるから、右行為は昭和三七年法律第四五号による改正前の昭和二二年法律第二八号法人税法四八条一項にいう「詐偽その他不正の行為」により法人税を逋脱したものと解すべきである。

所論は々として昭和三六年四月一日以前に被告会社の事業経営の費用などにあてるために借入れた金員を返済し、これを過年度支出金勘定の損金科目として処理したのであるから、直ちに脱税と解するのは不当であると主張するが、原審記録を調査するのに、所論でいう過年度支出とは、過年度において公表帳簿に記入せずに借用した金銭債務を前期末ないし当期で返済したのを、過年度支出金と題する損金科目で処理したものを意味しているが、凡そ右のように帳簿に計上されない、いわゆる簿外の債務を発見したときは、もし本人において所得金額を税務署に対し正当に申告する意思があれば、即座に公表帳簿に記入して、これを返済すべきであつたのに、簿外の債務を簿外で返済処理せず、本件のように過年度の簿外債務を返済したからといつて、当期の損金科目の過年度支出勘定に入れて簿内処理をするのは不当というべきである。

しかも本件の過年度支出というのは、前示の認容された九一万〇、一二〇円のほかは、いずれも当該事業年度(昭和三六年四月一日より昭和三七年三月三一日まで)の収益にかかる完成工事原価、販売費、一般管理費などの損金に当らず、従つて損金科目として計上されるべきものではなかつた性質のものであるから、これを損金として認めえないことは明かであるし、なお所論は一定額の金員の借入をして、これを事業経営のために費消したうえ、右借入金を返済した場合に、この返済支出を損金と理解しているようであるが、これが損金にあたらないことは、前示の損金の意味に徴して明かである。

しかるに被告人が敢て右のような損金にあたらず、いわば架空ともいうべき多額の支出金を損金として計上したのは、単に前期で損金として計上すべき分を当期で計上したというごとき過誤ないし計理の粗雑に由来する類型とは、意味を異にするものであり、所論にいう「経理処理上の手違としてこれを訂正させれば足りることであつて、脱税犯として処理することは、あまりにも過酷である」との主張は当を失しているのである。

次に所論は被告人が旅費交際費として二、五二一万七、一八七円の多額を計上したのは、当時被告人として旅費交際費は租税特別措置法による所定の限度額をこえる分については当然に課税されることを知つていたので帳簿上の喰い違い、処理困難な部分などをすべて旅費交際費の勘定に振替えて計上したうえ、税務署の裁量によつて限度をこえる分について課税をうけるためであつたと主張するが、租税特別措置法上の計算は、交際費には適用されるが、旅費には適用されないのであり(被告人の申告は、旅費交際費を一項目としていて、両者を区分していない)、交際費については当該事業年度において現実に支出した交際費額のうち限度額をこえる部分の金額は当該事業年度の所得の計算上、損金としないというのであるから、所論のうち現実に交際費が支出されなくても、当該会社の規模などにより当然に交際費として認容される限度額の計算がなされるものと解しているようにみえる部分は不当であるのみならず、原判決挙示の証拠によれば、旅費交際費のうち昭和三六年一一月六日社長仮払金から振替えた一、一一〇万四、九二〇円及び昭和三七年三月三一日同様に振替えた一、二七〇万九、九〇二円は架空であつたこと、他方、被告人は社長仮払金で前示の簿外資産を取得して、当期において右仮払金を旅費交際費に振替えたことを認めるうる以上、所論のごとく本件が単に計算上の過誤ないし損金科目の計上に関する誤解より生じたものとは解し難いのである。

要するに原審の事実認定及び法令の適用は正当であり、これを非難する論旨は理由がないのである。

よつて本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却して主文のように判決をする。

(裁判長判事 河本文夫 判事 藤野英一 判事 金隆史)

昭和四一年(う)第二〇八三号

被告人 銀山開発株式会社

同 上重快舟

昭和四十一年十一月三日

右被告人両名弁護人

弁護士 涌井鶴太郎

東京高等裁判所第十刑事部 御中

控訴趣意書

被告両名に対する法人税法違反被告事件につき左の通り控訴の趣意を陳述いたします。

一、原判決は「被告人会社が昭和三五年五月ころ、湯之谷村から同村内の林道銀山平線付替工事を二億八、二八〇万円で請負い相当の利益が見込まれたことから、その利益の一部を帳簿外資産としてたくわえ、法人税を免れようと企て、被告人上重において、被告人会社の右業務に関し、右工事収入金の一部を社長に対する仮払金として右会社から持ち出し、これによつて土地、有価証券、預金、貸付金等の簿外資産を取得したうえ、右仮払金を旅費、交際費、過年度支出金等の損金科目に振替えるなどの不正な手段によつて収益の一部を秘匿し、昭和三六年四月一日から昭和三七年三月三一日までの事業年度における所得が、三、八五三万五、三一六円であるにもかかわらず、昭和三七年五月三一日所轄小千谷税務署長に対し、同事業年度の所得金額が六九八万五七〇円その法人税額が二五五万二、五九〇円である旨の虚偽の法人税確定申告を提出し、よつて同事業年度における法人税一、一九九万八二〇円を免れたものである。」

と認定し有罪の判決を言渡している。

二、しかしながら原判決認定の過年度支出金の振替経過は証人上重頼太郎の供述にも明かな通り被告人会社の経費に当るため上重頼太郎が簿外で借入れに負債を支払いこれを過年度支出金として振替処理したものである。

右支払の事実及び内容については何等の作為もなく、そのまま記帳されているのであるから被告人等に詐偽その他不正の行為により税を免れる意思がなかつたものであることは明かである。

三、ただ法人税法第九条の所得の期間計算上右過年度支出金は経費として認めることが出来ないと言うに過ぎないものである。

然らば帳簿に記帳され、確定申告書附属計算書にも過年度支出金として明かにされている右金額は経理処理上の手違としてこれを訂正させれば足りることであつて脱税犯として処理することはあまりにも過酷である。

もし原判決認定の通り右事実が有罪とすれば税法を熟知しない者は常に税務署の意見を求めた上申告しなければ脱税の責任を問はれる危険を負うことになりその不当であることは明かである。

四、ことに本件に於ては原判決認定の通り昭和二十五年五月頃請負つた工事の所得金であり、右請負に至るまでの請負のための直接的間接的経費及び請負後完工に至るまでの交際費その他直接間接の経費は法人税法第九条の期間利益計算の原則通り昭和三十六年四月一日より昭和三十七年三月三十一日の期間内にのみ発生するものではなく右請負前たる昭和三十四年頃より発生したものも請負工事の原価計算に算入すべきものであることは常識上明かである。

五、ところが本件に於ては右利益計算の期間以前に発生した経費等に当るため借入れた金員の返済を過年度支出金として処理したことが直に脱税として責任を追及されているのである。

しかも本件犯則所得の計算に於ては昭和四十年五月十一日第五回公判廷に於て証人田中和夫がその証言調書末尾に於て、

「本件においては収入金額はすでに一定しておるわけですが、単に負債を払うか払わないかによつて犯則所得が千三百八十万違うと、こということをお認めになつたんじやありませんか、

単にというご質問でありますが、単にじやなくてまあ支出の方法が正当でなかつたということです

はい、払わんでおけば千三百八十万減つたと

はいそのとおりです

こういうことですね

はい。」

と述べている通り簿外債務を過年度支出金として処理せずに簿外債務のままにして置くとその債務額に相当する千三百八十万円は所得金額から減額され、勿論脱税とならないことを認めている。

六、そうすると返済するかしないかによつて税額も変り、脱税犯として処罰されたりされなかつたりするという結果になり、単に会計処理上の見解の相違だけで処罰されるのでは被告人等は常に刑罰の不安におびえなければならないことになり憲法の保障する個人としての尊重を全く無視されることになるのである。

七、本件に於ては被告人等は収入支出の帳簿上の記載を誤つてはいないのである。ただ昭和三十六年度所得税の申告前に被告人会社は帳簿上の二重記載等の誤記を訂正し、被告人上重快舟に仮払として渡してあつた金員を旅費交際費に振替えたことが脱税として追及されるに至つた原因である。

八、ところが被告人上重快舟は旅費交際費は会社の規模等により税務署がその額を認定し、認定額以上のものは所得として計算されるものであることを聞いていたので右認定を受ける意思であつたというのである。

なる程租税特別措置法第六二条、同第六三条にはその旨の規定があり、しかも本件工事が数年に亘つて行はれ、且その請負に至る経過が電源開発株式会社、湯之谷村を経由し、新潟県議会に於ても政治的に種々問題にされたこともあるので右工事の旅費交際費につき被告人等が認定を受けようとすることも無理からぬことである。

九、然らば本件に於ては旅費交際費として既に支出されていることは明であるから税務署に於て右特別措置法に則り数年に亘つて行はれた本件請負工事の旅費交際費を認定計算してやることがむしろ税務当局の執るべき方法である。

十、以上を綜合すれば被告人等は詐偽又は不正の行為により法人税を免れたものではなく、税務当局が計算上の過誤、見解の相違等を訂正させて課税すれば足ることであるのにそのような処置を執らずに直に脱税犯として捜査し、その計算も不明確なまま有罪の判決を言渡した原判決は事実の認定を誤り且法律の適用を誤つたものであり被告人等はその破毀を求めるものであります。

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